小原鞠莉はローマかハンニバルか

#ラブライブ · 9min

諸君、私はラブライブが好きだ。

諸君、私は小原鞠莉が好きだ。

最近ブルベ系の記事ばかり書いており走ってばかりなので忘れられがちではあるが私は沼津に住んで6年目に入った。 当初はサイクリング目的と外出即聖地巡礼という目標を叶えるために移住した沼津だった(沼津移住計画、沼津移住計画 完結編をご参照ください)。忘れている人は思い出してくれ!

小原さんのことがどれくらい好きかというと献血の話をするつもりで書いた記事で気がついたら鞠莉ちゃんの衣装について延々と書いていたくらい好きだ。

Aqoursのジャケット姿で座る小原鞠莉のフィギュア

そしてたまたま?そしてどういうわけか突然に、ハンニバル・バルカという人物にハマっている。

ハンニバルはアフリカ北岸に建国されたカルタゴという国の大将軍だ。遡ること2200年前のカルタゴはイタリア半島の都市国家ローマと戦争を開始した。 この戦争は第二次ポエニ戦争と呼ばれ十年以上続いた。

ハンニバルはカルタゴの将軍としてスペイン経由でイタリアに渡り(2200年前に冬のアルプスを象とか連れて踏破してイタリア半島に突入している!!やばい)、以後15年、本国カルタゴからほとんど支援を受けられないままにイタリア中を暴れまわった。

その中には戦史研究において外すことのできない「史上最も完成度の高い包囲殲滅戦」として名高い「カンナエの戦い」(カンネェとか言ったりもする)というのもあり、ローマはハンニバルとの戦いでガチで追い詰められた。

なのでローマ時代から、危機が間近に迫っていることを意味するラテン語の慣用句として「Hannibal ad portas(ハンニバルが門前にいる)」という言葉があったりするそうだ。キケロの著作にも出てくる。

そして皆さんご存知の通りで鞠莉さんはイタリアにルーツがある。 子供の頃には親からこの慣用句も聞いているかもしれないなと思ったときにこのブログを書きたいと思った。

ここで言う「イタリア人」は現代のイタリア国民のことではない。ハンニバルが戦った時代、イタリア半島にはローマ市民のほかにローマと同盟を結んだ都市や共同体があった。彼らをまとめて「イタリア人」と呼ぶのは少々乱暴だ。なのでここでは便宜上、ローマ市民ではないイタリア半島の人々をそう呼ぶことにする。

カンナエでローマは負けた。それでも降参しなかった

第二次ポエニ戦争、ハンニバル戦記。アルプスを越えてイタリアに攻め込んだハンニバルはトレビア、トラシメヌス湖畔、そしてカンナエとローマ軍に大きな敗北を与えた。

先ほども書いたが紀元前216年のカンナエの戦いは特に有名でローマ軍はハンニバルの包囲戦術にはまり大損害を受けている。

史料によって犠牲者数に幅があるけれど数万人規模の戦死者を出したようでローマにとって壊滅的な敗北だったことは間違いない。

カンナエの戦いで討ち取ったローマ騎士の指輪を数えるハンニバル像(セバスチャン・スロッツ作、1704年、ルーヴル美術館) 出典:Hannibal Slodtz Louvre MR2093.jpg(撮影:Jastrow、パブリックドメイン、Wikimedia Commons)

「ローマは滅びかけた」と書くとちょっと大げさかもしれない。

実際にローマの街が陥落寸前だったわけではないしハンニバルがそのままローマを攻め落としたわけでもない(ハンニバル自身もイタリア侵入から15年後には半島から離脱することになっている)。

それでも同盟市の離反が起こりローマの軍事力と政治的な信用が大きく揺らいだ。 (もしもっと離反する同盟市が出たら滅亡が見えてくるレベル)

建国以来の存亡の危機という表現は割と的確かもしれない。

ここでローマが降伏していたら歴史はかなり違ったはずだ。だがローマは降参しなかった。

和平を求めず軍を集め直した(ハンニバル側からも講和を持ち掛けるような遠回しな交渉が行われているがローマ側が拒否している。)

ハンニバルと戦えば大きい戦では必敗。なので決戦を挑むのを避けながら戦争を続けた。

(この小規模の戦闘はするけど決定的な戦いはしない戦術を提唱者ファビウスの名前をとってファビウス戦略と言ったりする。もっともこの作戦は当初あまりにも消極的すぎて提唱者ファビウスは腰抜け野郎的な呼ばれ方をしていたのだが、ローマ人自身がハンニバルには勝てないと理解らされてから再評価路線に突入した)

正面から勝てないなら消耗戦に持ち込むしかないのである。

シチリアやスペインなどのハンニバルがいない戦線では勝てるのでそちらで勝つことでローマ側に残った同盟者とともに兵力を保った(要は雑魚?狩りをして体面を保っていたと言えないこともない。別にカルタゴ側が無能だった訳ではなく、ただただハンニバルが鬼才の中の鬼才だった。)

歴史書を読むとローマは名前のついている大きな戦い(トレビア、トラシメヌス湖畔、カンナエ)だけで10万人規模の犠牲を出している。

ポリュビオスによればローマと同盟市が動員できた兵力は約77万人なので、その1/7くらいの兵員が討たれたということになる上に同盟諸国からも多数の離反者が出た。

さらにイタリア半島外の国家マケドニアがハンニバルと同盟を結びローマの敵に回っている。

まさに国が滅ぶかどうかの瀬戸際という環境においてローマは市民レベルで一丸となった。

共和政体なので指導者(執政官という名前で当時は貴族と平民から1人ずつの計二名体制)を選挙で選び、時には独裁官という国の全てを一人で決められる指導者を用意するなどして耐えに耐えた。

ここで優秀な執政官がいたから勝った!とまとめるのは簡単なんだけどカンナエの指揮を執った執政官たちは大敗している(なんなら執政官の一人は戦場で討ち死にしている)

ローマは名将が毎回なんとかしてくれる組織ではない。どちらかというとサイヤ人みたいな国で負けると相手の能力を吸収して強くなるタイプの国だったりする。

それを成し得るために大敗しても次の軍を編成できる市民と同盟者、負けたあとに戦い方を変えられる政治の仕組み、そして実際に戦い続けた将軍や兵士がいた。

一人の天才より負けても戦争を続けられる継戦能力に支えられたところが多かったように思う。

ハンニバルは戦場で勝ったがそれでもローマを降伏させることはできなかった。

ローマはカンナエのあとも立ち上がり最後にはザマ(ザマはカルタゴ本国の目と鼻の先なのでハンニバルをイタリア半島から追い出して逆に王手をかけたことになる)の戦いでハンニバルを破る。

鞠莉さん、それ浦女でやろうとしてませんか?

ここで『ラブライブ!サンシャイン!!』の話に戻る。

鞠莉さんのルーツはイタリアにある。私たちが日本史の授業を受けるように鞠莉さんもイタリア史を学んでいたのではないだろうか?

イタリア(ローマ史だけど)の歴史の中でもこの辺は特に面白い部類だと思う(少なくとも僕はね?)

そこで考えてみるとです。

浦の星女学院は入学希望者の減少で統廃合の危機に直面し理事長の小原鞠莉は学校を残すために動く。

スクールアイドルAqoursを裏からも表からも支えて地域を巻き込んでできることをやっていく(学校全体を巻き込んだのはAqoursの力が大きいように思うが地域を巻き込んだのは小原家の手腕もあったのではないか?と思ったりしている)

ここで冷静に立ち返るとこれはローマがハンニバルにやった戦略じゃないか?というわけです。 理事長小原鞠莉はこの状況に既視感があったのではなかろうか?と思ったりした。

当時のローマ風の言葉で表現するなら鞠莉さんは独裁官に就任して危機を乗り切ろうとしている。

もちろん古代ローマの独裁官と現代の学校法人の理事長は全然違うので役職名を借りた冗談です。(余談だが独裁官の任期は半年。そう、奇しくも浦女存続可否を決める期間と重なるのである)

そこにAqoursという優秀なメンバーがいて浦の星の生徒や関係者の力も借りる。

学校を残すために一丸となってみんなで戦う。

イタリア史を学んだ鞠莉さんなら度重なる大敗からローマがどうやって持ち直したかも知っていたはず。

少なくとも勝ちの目が薄いからといって最初から諦めないところは彼女のルーツにあるローマのしぶとさにも見えてきたぞぉ?

なんとかするために人を集めてやれることを一つずつやる。

無理だと決まるまでは諦めないポジティブさに透けて見えるラテンの女傑感。

めっちゃいいよね!!!

ローマと浦女の決定的な違いは「時間」

ここからはネタバレになるんですが物語後半で浦の星女学院は統廃合を免れない。

スクールアイドルで学校を盛り上げた浦女ではあるが無慈悲に過ぎ去る時間を前に入学希望者は目標に届かない。

あれだけみんなで頑張ったのに最後に学校はなくなることが決まってしまう。

皮肉なことに鞠莉さんのセリフ「努力の量と結果は比例しない」の通りになってしまった。

鞠莉さんの中にはかつてのローマのように滅亡寸前の浦女を立て直せるシナリオがあったかもしれない。

(そもそもローマには人がいっぱいいたので廃校ということはないんだが)ローマと浦女の違いの大きなところは時間だと考える。

浦女には廃校阻止に残された時間が(物語上では)半年くらいしかなかった。

一方ローマは連敗を重ねても15年以上滅びなかった。なので状況が改善するまで耐えるという持久戦略を選べた。(逆にローマに3年程度の体力しかなければハンニバルに滅ぼされていた可能性は全然ある。3年間負けしか経験してないからなローマは)

繰り返しになるが浦女には半年しかなかった。

Aqoursが始まって大会で結果を出すまで耐えてくれる時間が十分になかった。。。

実は結果だけを見ると鞠莉さんはルーツたるローマ側よりもハンニバルの視点に立つ形になるんですよね。

(ハンニバルにはローマに勝つ算段があった。ローマの同盟都市を離反させてハンニバルvsローマ同盟をハンニバル同盟vsローマにするというものだった)

鞠莉さんも自らのキャリアを賭けて浦女再興計画を推進している。ただ周りを抱き込みきれなかったのはハンニバルと同じである。

もちろん鞠莉さんたちをハンニバルに重ねるのは乱暴なのだ。戦争と学校の統廃合を同じものとして扱いたいわけでもない。

ただ、「目の前の勝利(ラブライブ本戦出場や優勝)」と「本当に達成したい目的(浦女存続)」は同じではない。そこが重なって見えた(こじつけもある)

ハンニバルはローマを滅ぼせず、鞠莉さんたちは浦女を残せなかった。

どちらにも共通するのはやれることを全てやったことだ。

だから鞠莉さんのポジティブさはただ明るいだけのものとしては見られない。

理事長として実際にどこまで仕事をしていたのかは不明ではあるが、一応理事長として色々やって、学業をやって(浦女に戻るまでに3年分のカリキュラムを終えていた可能性はあるが)、スクールアイドルにも精を出した。

その後のラブライブの優勝で浦女の名前を歴史に刻んだり卒業後はイタリアの大学に進学を決めるなどの圧倒的マルチプレイヤー力を見せつけている(本編ではサラッと流しているが)。

浦女になかった時間とは対照的に18歳の彼女にはこの先も輝かしい時間が続いていく。

彼女のその後が栄光のローマのように続くことを願ってやまない。

青い衣装の小原鞠莉のアクリルスタンド